月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。      


by yysatoh

旅 18-2 ニュースの裏側

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一人でTVのニュースやその解説を見ながら、「そんなの事、ダメだよ!」、「そうだ! その通り」、「阿呆だナ~」、思わず声を出すことがある。
新聞を読みながら、声を出さないながらも甚く感心したり納得したりする、こともある。
就業規則や勤め人のしがらみから解放されて16年経過!! 狭い空間で毎日々々呼吸していて、既に別世界の人間になり切った。
醜聞や事件や事故や悪事や悪い奴、欲深い奴、知恵に長けた奴、世間にはいろいろな人間が揃っているもんだなあ、とわが身には関わりないが興味を持たされている。
その一つは、昨年末に生じた日本相撲協会の醜聞。
日本相撲協会評議委員会議長が、昨日(?)テレビに出演して「テレビに出るのはこれが最後です。もう、出ません。記者会見もしません」「ないこと、ないことをいろいろ書かれて・・・」。大変なご立腹の様子だったという。
暴行傷害の被害者の親方・貴乃花は2階級降格処分。加害者の親方と同じ処分。
処分採決の理由は「協会の原因究明に貴乃花の態度は非協力であった」。
処分前も処分後も、それを発表したのは議長の口からであった。
この女性議長の30年前、40年前のご尊顔を小生はよく覚えている。
気品のある整った顔の高貴な雰囲気をもった女性であった。聞けば天皇家に繋がる家柄の生まれで、ご主人は京都・華道本流・第45世池坊専永氏。本人は社会的には要職をいくつも務め、非創価学会員でありながら、公明党の参院議員を2期務めた。
各局ともスピーチを端折って流したので、視聴者には気品さが失せた老婦人の口から出た言葉は、”反貴乃花” そのものであった。貴乃花ファンには、それが許せなかったようだ。
30数年前の42歳の折り、貴婦人が雑誌に載せたセミヌード熟女写真3枚(300、400、600ピクセル)が、今般、インターネットに流れて、多分、貴乃花贔屓の人物の解説文がそれに付随しているのだ。
因みに、貴乃花の非協力は協会に対する不信感、即ち10年前の17歳新弟子リンチ殺人事件を、当事者・時津風部屋と協会と警察が、遺族に遺体を引き渡す前に 荼毘(焼却)に付そうと計ったことにあるそうだ。この事件は、直前に遺族に気づかれ、解剖した結果、部屋の若者が総がかりでリンチをしたことが判明し、最高裁まで争って親方・関係者全員が有罪となっている。
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その二は今秋に訪れる自民党の総裁選挙の事だ。
党員ではないから選挙権は無い
だが、しかし、現状の政治情勢では、自民党の総裁は総理大臣に就くのである。
無関心というわけにはいかない。党則では総裁の任期は2回6年と決められている。本人が黙っておれば、または取り巻き方々が首相側近として、権力を利用したい欲望が生じれば、今秋で終わりとせず党則を変えて延長するはずだ。
此処に新聞切り抜きを張り付けたのは、テレビ番組で国民に馴染みの深い丸山参院議員が、誰にも気兼ねせず、一般国民の間では ”常識” と思われている事柄をしゃべって、記事になっているからだ。この記事は100%正解と思う。
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# by yysatoh | 2018-01-13 18:25 | 旅(国内) | Comments(0)
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第94回箱根駅伝は晴れ上がった空の下、微風だに感じない絶好の日和に恵まれて催行された。
東海道の ”左富士” 碑の立つ橋の上から眺めた正月2日の富士は、見事に輝いていた。
海岸の景色も見事に穏やかだった。
ランナーが第3区間(戸塚ー平塚)の茅ヶ崎を通過するのは10時半ごろ、と予想して一人で海岸の道路へ出てみた。
ランナーが通る国道134号線は片側2車線の直線道路。下り線は10時40分ごろには通行止めとなったようだった。そのころには、小旗を手にした沢山の人達が下りの沿道に並んでいた。
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トップランナーが目の前を通り過ぎたのは11時すこし前、10時57,8分ころだった。東洋大の選手だった。2番手の走者は遅れること10数秒で青山学園大だった。戸塚ー平塚間の距離は21.4kmということだが、すでに3分の2以上の距離を走って来たはずだが、我々の目の前をスーッ、スーッと走り去って行く。とにかく速い。
3番手は数分(?)遅れていた。
最終ランナー21番手(員数外? 学生連合)が11時09分に通り過ぎた。e0035868_17182109.jpg

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出発点:東京・大手町~ゴール:箱根町間は107.5km、ここを各チーム(20大学)5人の選手が走るそうだ。
スピーカーを通してアドバイス・声援を送る各大学の伴走車、警備のパトカー、オートバイ、TV放送車などに囲まれ、沿道には途切れることなく連なっているファンの声援の叫び、選手たちの心境はどのような状態なのだろう? とつまらぬ事を考えたりして見ていた。
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ニュースを見たら、東洋大学は5時間28分29秒、青山学園大学が5時間29分5秒、早稲田大学5時間30分25秒で箱根へゴールしたそうである。
昨年は過去最高記録でも青山学園大学の5時間33分45秒であったから、東洋大が記録を更新ということだ。

前回の箱根駅伝を見物したのは、山梨学園大学が優勝した時だった。外人学生が出場していた。多分、二人だった。調べてみたら優勝したのは平成4年(2人)と6年(1人)、7年(1人)の3回だけだ。従って今回は26年ぶりである。それ以外はすべてテレビ観戦だったことになる。
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帰宅する前に鶴嶺神社へ新年の参拝をしようと思って、浜見平団地の横を徒歩で通過した。
此処は50余年に住宅公団が建設した規模の大きな団地であって、数十棟の5階建て住宅が並んでいた。当時としては入居できるのがラッキーの時代。憧れだった。しかし。今や巷に民間の高層マンション建つ世となって、毛嫌いされる住宅に落ちぶれてしまった。
一帯はほぼ建て替えが進んで、すっかり様相が変わっている。高層に変えて空き地を増やし、植林の敷地を増やし、まあ見事な変身アパートとなっている。

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鶴嶺神社。鎌倉・源頼朝の時代ごろから存在している、地元の有難い神様だ。
自宅から徒歩10分余りの距離である。商店街と逆方向にあるので、普段、立ち寄る場所ではなく、正月だけの神社だ。元日は長い行列のできる現象の神様だが、2日目ではほぼ参拝は済んでしまったらしい。
もう一ヶ所の第六天神社は国道一号線沿いにある。ここは元日に済ませた。日ごろ鳥居の前、境内の前、拝殿の前を無言で通っているので、正月だけでもと参拝している。まったく無視している。
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寒川神社へは家内の運転で6日土曜の11時ごろ参拝した。
此処は八方除けのお札と破魔矢を購入したが、他の2神社は八方除けのお札だけ購入。まったく不信神の無宗教者なのである。
せめて年に一度だけでも、参拝しなくては拙いと思っているだけ。その時だけ、神に敬意を表しているだけなのだ。
# by yysatoh | 2018-01-08 22:21 | 旅(国内) | Comments(0)
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「明日、NHKテレビ番組の午後の放送 ”ごごナマ” の午後2時に、ひろ子先生とさわこ先生が出演します。料理番組で おせち料理 ということです。・・・」。27日に静岡の市川さんから電話がかかってきた。
”ごごナマ” ?? 小生、この時間帯はほぼパソコンの傍で、連日、ドラマを見ている時間帯だ。13時~16時の長時間、NHK特有の井戸端おしゃべりのナマ放送とは、全く知らなかった。
翌朝、購読している産経新聞の番組表をチェックしたら、出演者の氏名は載っていなかったが、”おせちの悩み解決” とあるから、テレビに視聴予約をセットして、家内と共に時間を待った。
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10年ぐらい前に、堀江先生ご家族とともに我ら旅仲間が、北欧5ヶ国二週間の旅へ出たとき、ひろ子先生ご夫婦も一緒だったし、成城の堀江先生のご自宅へ幾度かお邪魔した時や、白寿のお祝い、100歳のお祝いの際にもお目にかかった。さわこ先生には100歳のお祝いの日に、弟さんと一緒に居られたのをご主人と勘違いして声をかけ、とんでもない失敗をしたこともある。
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いつの日の事か思い出せないが、偶然であったが、民間放送の番組にひろ子先生が出演しているのを拝見した。
料理の講習実演をやりながら、ゲストのタレントに冗談を言ったり、笑わせたりして番組の進行を行っていた。
今回も愛娘のさわこ先生と息の合った会話をしながら、ゲストのタレント達とも会話していた。
母娘だから息が合うのは当たり前だが、ゲストへの気配りも自然体で為しているのを拝見すると、ひろ子先生もさわこ先生も、テレビ向きの雰囲気をもった料理の先生だ! と感じた次第である。スタジオの外にいる視聴者たち自身も、一緒に楽しくなっている。
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1時間ほど続いた放送の間に、料理の理解も納得も疎かにして画面を撮りまくったので、10年余り前から公表している写真付きわが日記に載せた。これ、多分、NHKに対する著作権侵害(?)、出演者に対する肖像権侵害(?)、法律の事はわからないが、無断で載せる事にした。画面で見かけた文字も並べてみる。
 ”
知っトク”「おせちって大変」 ”鍵は一の重にあり” ←冒頭に出てきた。

3大 ”おせち” 問題
問題① つくるのが大変  問題② 味に飽きる  問題③ 食べきれずに残る
    特集記事は nhk.jp/lifestyle/

堀江家流 おせち時短調理術
スピード田作り   楽々おせち 5分でできる田作り
作り方は nhk.jp・・・・ ←小生の省略
ラップをかけずに電子レンジ(600W)で1分30秒間

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スピードだて巻き   2人分
オープン用の紙(30cmx 30cm) 4辺を2cm幅で2回折り返す
裏返して紙の端を立て四隅をホチキスで止める
オーブントースターで10~15分間焼く
熱いうちに巻きすにのせる    巻き終わりを下にして冷ます
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わが日記はレシピの紹介ではなく、往年の家庭料理研究界の大家・堀江泰子先生が、NHK番組で活躍されたことは歴史上の記録となっており、今般、その長女のひろ子先生と孫のさわこ先生が揃って出演している記録を、記しているだけなのである。カメラの中から10数葉をピックアップして、映像と文字を並べている謂わば”見るだけ”の記録に過ぎない。

チキンローフ
簡単なのに見た目には豪華! チキンローフ
肉片を細切れにして汁気がなくなるまでもみ込む。 粘りがでるまでよく混ぜる。
蒸気が上がった蒸し器で25~30分間蒸す。 冷めたら巻きすで巻き、冷蔵庫に入れる。

おせちを楽しむチョイ技、 おひとり様盛り。 
盛り付けのPOINT 色のバランスを意識。盛り付けのPOINT 盛る料理は奇数!
盛り付けるPOINT 余白を意識する。
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http://www.nhk.or.jp/lifestyle/article/detail/00324.html

NHKのホームページ ”らいふ” には詳しいレシピが載っている。各料理の手順は、1分半から2分半程度の動画がついているので、分かりやすい。
上記 3大 ”おせち”の問題も、回答が載っていた。

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# by yysatoh | 2017-12-31 23:38 | 旅(堀江先生) | Comments(0)
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21日(木)朝、冷蔵庫の扉に設置されている小さな電球5個が、一斉に点滅していることに気付いた。
購入して以来一度もこのような現象を起こしたことがなかった。
10年以上は稼働し続けている、と思うのだが定かでない。
”THE安心会員”という冷蔵庫、電子レンジ、など家電製品修理代がタダの会員になっているので、ヤマダ電機へ電話してみた。
「保証は購入後8年経過まで、それ以後は全額自己負担です。部品の在庫があるかな? とにかく業者に点検させます」という返事だ。
その後に業者から電話があって「26日(火)の午後に伺います」という連絡だった。
冷凍食品を普段よりかなり多く買い込んだ直後の不運と来た。ところが、折から日本列島は北から南まで、寒波が襲来して夜も昼も冷え込んだ。食品は家の外へ出して保存とした。

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火曜日午後にやってきた業者は「製造後11年経過しています。チェックした結果、〇✖?が不良です。9年以上経過した物の部品は保管していません。冷蔵庫本体を新替えしてください」。
出張料と点検料3,500円を支払って簡単に一件落着、終わった。

夕方、ヤマダ電機へ家内と一緒に出掛けいろいろ品定めして、”早い者の勝ち、展示品のみ”という掲示紙を見たので、約4割引きの品を即決購入した。
売り場の担当者が、配達スケジュールが手一杯という配達部門に、無理に割り込ませて翌日夜7時半、廃品引き取りと新品配達・据え付けのトラック2台がやってきて、8時に無事終了した。
残っていた冷凍食品は、自然解凍となったが、腐敗状態ではなかった。メデタシ、メデタシ。
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ヤマダの売り場で見たときは、さほど大きいと思わなかった。
使用していたもののサイズを測ってなかったので、比較しなかったのである。
新品は一回りサイズが大きい。
狭い我が家の台所に、どうやら収まったのでホットした。
じじばば二人家族でも、内容積が広いので気分がいい。
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# by yysatoh | 2017-12-31 20:20 | 旅(家族) | Comments(0)
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買い物のこと
日常の生活の中で、金銭を支払うのは何時でも何処でも幼児以外なら、誰でも経験することだ。
しかし、いつの頃からかカードで支払って、現金を払わない習性が身についた。
それにも変化進歩が起きて、今ではカードを手渡し人差し指を立てれば「一括一回払いですね」、とレジの女性が応える。
これでも最新の支払い方式ではない。
小生の方式は、レジの女性が品物すべてに付着した(?)バーコードをリーダーで読み取る。その間に小生はスマホを複数回指先で突き、合計額が判明した直後に、スマホにパスワードを入れて表面にバーコードを表し、女性に突き出す。
女性はそれをリーダーで読み取って「クレジット来月一括払いですね」と小生の顔を見て確認する。これで支払い手続きは終了。但し、これはヤマダ電機茅ヶ崎支店、一店舗のみ。--- --- --- ---
中国・瀋陽市の知人に電話してみたら「スーパーでも小さなお店でも、誰でもスマホで支払っている。私は現金を持ち歩かない。誰でもスマホを持ち歩く。アメリカの高級品ではなく、安いスマホがあるんです」
支払い方法などの契約は、インターネットの会社と結んでいる。詳しく知らない。--- --- --- ---
JRとイトーヨーカ堂に関して、たらい回しされながら、方々へ電話で問い合わせ、それからヨーカ店とauショップへも出向いて結論を得た。
オサイフ携帯については、auが考えた仕組みであって、”auは買い物の支払いについて”は、関わりがない。
JRもイトーヨーカ堂も事前にスマホに入金して置くことが肝要。後払いはできない。入金はコンビニ店内に設置してある装置でできる。銀行のATM入金と同じ仕掛けだ。そして、現金を入れた財布の代わりに、”スマホが役目を果たすのだ”、らしい。
ヤマダ電機のような、支払いのクレジット方式は採用されていない。
ヤマダ電機方式では、スマホの画面に契約店舗ごとのアプリが数多く並んでしまう。 
これでは、常に金欠状態の年金受給者には、カード支払いの方が有利で簡単で便利だ。

電機自動車
(NHK NEWS WEB. 2017.12.19. 概要を転写した)
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中国の昨年の自動車販売数は約2800万台、中国は世界最大の自動車市場である。アメリカの約1.5倍、日本の(497万台)5倍以上だ。
そのうち電気自動車の販売数は、乗用車と商用車合わせて約40万台にのぼった。
生産しているのは新興企業だけでない。旧来の国営、民営の会社が設備の転換にかかっている。乗用車、運送用のワゴン車、大型バス、路面清掃車まで多種多様な電気自動車を生産しているのだ。
中国政府が大気汚染の拡大を食い止める言わば国策として、EV導入を促しているそうだ。
ドイツのフォルスワーゲンの合弁会社、日本のホンダは来年、日産も再来年には、中国市場へ新型の電気自動車を投入するという。

中国では電機自動車購入者には、日本円にして最大100万円余りの政府補助が支払われている。
掲示写真の車は日本円にして370万円ほどであるから、購入者は260万円ほどで済む。
EV車を所有することに対する優遇策には
1、ナンバープレート取得の優遇。  車を購入前に、ナンバープレートを取得する義務があるので、北京では150倍とも言われる競争率の抽選を通る難関がある。しかし、EV車は規制の対象外なのでいつでもナンバープレートを交付される。
2、北京では走行の規制外。  ナンバーの最後の桁の数字ごとに、週に一度の走行禁止制があり、その該当の日は運転不可。渋滞とガソリン車とディーゼル車による、空気の汚染を防ぐためである。但し、EV車は規制を受けない。

EV車の生産販売数は、来年度は8%、再来年は10%にするそうだ。将来的には ”ガソリン車やディーゼル車の生産販売を禁止する” 措置を検討している事を明らかにしている。大変な意気込みだ。
トップランナーは中国だ。
  
# by yysatoh | 2017-12-20 10:43 | 旅(玄葉代議士) | Comments(0)

旅 17-44 平山郁夫展

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先週末に”平山郁夫 シルクロード・コレクション展”へ、横浜在住の元同僚を誘って出かけてみた。
時間は11時を少し過ぎから13時半まで、丹念に鑑賞したつもりだ。
翌日が最終日ということもあって、大変な賑わいであった。幻想的な幽玄な趣のある画風の日本画家・平山郁夫先生の人気の程をよく示していた。
砂漠を歩むラクダの隊商の列、昼と月夜の風景は余りにも有名だ。実物を目前にしてただ見とれていた。



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会場内は撮影禁止。売店で数葉の絵葉書と”平山郁夫と大いなるシルクロード”(新館完成記念)単行本を買った。解説等の文章は日本文に英文を併記しているし、日本の国内の風景やフランス・イタリア・ロンドンまで、インドを含めてシルクロードを踏破した事跡の数々の作品のすばらしさを、表現する言葉を小生には持ち合わせていない。踏破地で描いた写生絵巻の寸描画の数は、数え切れない。
15年前に”平山郁夫と玄奘三蔵”という38頁の本を買った。今も手許に残っている。今回、そごう美術館を訪れて見ようとなったのも、この本のお陰である。
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平山先生は広島県尾道市瀬戸田町で1930年6月15日に生まれた。
此処は生口島という瀬戸内海の小島である。有名な厳島神社はこの島ではなく、廿日市市の厳島にあるが、ここにも同名の神社があるそうだ。。
平山郁夫美術館はこの島にある。但し、奥様の平山美知子さんが館長を務めている”平山郁夫シルクロード美術館”は埼玉県に存在している。
1945年8月6日、先生(15歳)は勤労動員で広島陸軍兵器補給廠で働いていて原爆の被爆者となった。沢山の同級生が死亡したが、先生は運よく助かった。しかし、後年、後遺症と思われる症状が発生し、病苦に苦しんだそうだ。
1952年東京美術学校日本画科(東京芸術大学)を卒業し、1953年同大学美術学部日本画科助手となった。
その後の経歴は衆知の通りで
1989年同大学学長に就任、及び内外諸国からの授章や
1998年文化勲章叙勲など経歴は輝かしい。

生口島の東隣は因島。わが同僚はこの島で生まれ、小学校5年までここで育ったそうだ。日立造船所があるので、海運業界では名の通った島である。
南東隣は弓削島。商船高校があったので、練習船学生当時に立ち寄り、学校を訪問したことがある。
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南西隣は大三島。総本社・大山祇神社がある。武将が参詣する神社であり、源氏平氏の甲冑で国宝・重文に指定された物の4割はここに保管されているそうだ。
何しろ神社には国宝8件、重要文化財76件が保管されているという。練習船学生当時に立ち寄り、参拝し見学した。
掲示の地図には見えないが、下端左隅の辺りが瀬戸内海の一番の難所・来島海峡である。海峡は潮の干満に応じて流れが変わるので、西航路、中航路、を”順中逆西”というルールで、船舶は通航する。海上保安部は潮の流れに応じ、信号を変えて交通整理しているのだ。
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左の絵については、”平山郁夫と玄奘三蔵”の本から抜粋した。
「郁夫にとって美しいこと、といえばまず、瀬戸内海の海がおもい浮かびます。
海で働く漁師のおじさん、農家のおばさんのあかるい表情、静かな島をつつむ波と風と光。
郁夫はそれを絵にしようと思いました。
夏休みに生口島にもどり、いちじく畑に妹三人を立たせて、デッサンをしました。
そうして、描きあげたのが「三人姉妹」です。
この作品は大学の卒業作品のなかで二位になりました。
一位になった作品を描いたのは、郁夫がのちに結婚することになる松山美知子でした。」
と記載されている、


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会場のそごうを出て、昼食をどこで取ろうかさ迷った挙句、誘われて同僚の自宅にお邪魔することになった。まったく予定外の行動となったのである。ビルの高所から市街地を見下ろすことは、経験済みだが、住居から見下ろすのは初めてだ。ご自宅は34階にあった。所謂”億ション”だ!内部も外部も構造が違う。我々が所帯を持つときに、幾度も幾度も抽選に外れた”公団住宅”とは雲泥の差だ! 2時間ほどおしゃべりをしながら、久しぶりに会った時間を楽しんだのである。
# by yysatoh | 2017-12-09 19:10 | 旅(国内) | Comments(0)
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11月28日夜明け前の時間に、北朝鮮の西側基地からミサイルが発射された。
宇宙空間に4475kmの高度まで到達して、北海道の西方・日本の排他的経済区域内海上へ落下した。この性能なら米国東岸へ到達するという。
報道によれば、安倍首相は直ぐに電話に飛びつき、トランプ大統領へ「北朝鮮へ更に強い圧力をかけるべきだ」というご注進に及んだそうだ。
中国もロシアも「圧力を強くかけても、効果はない。話し合いをすべきだ」ロシアは特に「北へ対して挑発をすべきでない」という意見だそうである。日本を除く周辺国は、北朝鮮の”暴発”を恐れているのだ。
韓国は北に対し、「800万ドル(約8憶9千万円」の人道支援を実施する」と日本政府へ申し出でがあった。そして、北と話し合いを求めているという。(今朝の新聞記事)
拉致された国民を取り戻すのは「内閣の最重要課題」と言い続けている安倍首相。目に見える効果は全くない。ゼロだ。
それでも「先方が耐えられず、音をあげて対話を求めてくるまで、圧力を強める」と言い続けているパフォーマンスに、勝算があるのだろうか?
北の振る舞いについては、韓国に任せるべきなのだ。第二次大戦敗戦後のドイツが、東西に分裂されても1990年10月3日には統一した。南北朝鮮の諍いは、朝鮮人たち自身が決めて統一されればいい。ドイツに見習えばいい。日本政府が余計な口出しをして、日本国民が犠牲になるのは、絶対に避けるべきなのだ。
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産経新聞12月1日 iRONNA発欄に「慰安婦問題」と題して投稿された 山岡 鉄秀 氏の文に感動・同感だ。無断で抜粋し此処へ転記する。(最下段の新聞コピー)
報道によれば「韓国政府には、8月14日を”慰安婦の日”に制定し休日とする、という動きがある」そうだ。日本人としてこんなバカなことを許せるか!!
2年前の”不可逆的に解決した合意”と、10億円の支払い済み日本国民の税金!! これは安部首相が為したのだ。これこそ電話に飛びついて、米韓大統領へ大声でクレームをつけろ!!。

韓国に居住していたが、韓国人の性悪さに堪えられず、日本へ転居し永住している米国人コラムニストの著書の中に「・・・・日本人が土下座して謝罪しない限り、韓国人は承知しない。日本人に対する劣等感が性悪さを増幅させ、嫌日行動になっている。要求は無視し永久に拒絶する方がいい」という意味のことを述べている。
朝鮮半島がどのような国家体制になろうとも、朝鮮人が決めることなのだ。
安倍首相 トランプ大統領の指先となって振る舞うのはやめてくれ。

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# by yysatoh | 2017-12-02 00:00 | 旅(玄葉代議士) | Comments(0)
ワクチン不足
先月、医師の定例検診と高齢者健診の両建てで内科クリニックへ出向いた。
「インフルエンザ予防注射の予約受付」の貼り紙が目についた。毎年予約して接種しているので、健診後に予約するつもりで見過ごした。
帰宅途中で「予約を忘れた」ことに気づいた。「まあ、いいか、来月でも」と軽い気持ちでクリニックへ戻らなかった。
それから数日後のこと、ニュースで知った。「今年はインフルエンザのワクチンの在庫が足りない」というニュースが流れたのである。生来、風邪には弱い体質なので”予約忘れ”が気懸りでならない。先月下旬から外出にはマスク着用! これを守ったのだ。
今月10日、高齢者健診の結果説明(これも既予約)と月例検診のため出向いたら、インフルエンザの予約受付の貼り紙は「ワクチン不足のため、予約は受けません。先着順で接種します」と変わっていたのだ。
「今日、注射できます」受付の女性の返事だ。「ナンチュウコッタ!」。先着者となった。これで今冬も安心!?

剪定
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振り返ってみれば数十年の間は、苗木を植えたり、成木を植えたり、枯らしてしまったり、花木にしたり、常緑樹にしたり、狭い庭で持て遊んでいた。
伸びる枝は切ったり、そのままにして置くことも遊びのうちだった。

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いつの頃からか思い出せないが、剪定の心得がある老人が秋になると我が家の庭木の枝を切るようになった。
聞けば本職は、前職は、大手私鉄の電車の車掌さん。定年退職を切っ掛けにして、知人の植木屋で見習い経験を積んで、庭木の剪定を行うことになった。
日当10,000円。朝8時就業で、夕方は適当に引き上げる。
値の張る所謂 ”植木” には手を付けない。

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この人は、40年来市内の”詩吟の仲間”になっている”我が相棒”の知人でもある。
御年80歳。今年も我が相棒の依頼でやって来た。

今年は、天に向かって伸び続けていた2本の柿の木の枝を詰めてもらった。
一本は直径10cmの実がなる。もう一本は直径5cmの小さな実、少々の甘味。放って置けば実は熟し、頃合いを見て雀やカラスや鳩似の野鳥が啄みにやって来る。枝を詰めない方が愛鳥面になれるが、相棒が勝手に「切り詰め」を剪定の老人に依頼してしまった。

# by yysatoh | 2017-11-15 10:23 | 旅(家族) | Comments(0)
松井大将の人となり
太平洋戦争の戦勝国の戦後処理、その象徴・東京裁判(極東国際軍事裁判)。
その被告A級戦犯28名、B.C級は5,400名余だったそうだ。
「平和に対する罪」をA級、B級は通例の戦争犯罪、C級は人道に対する罪、と呼称されているが、ポッダム宣言六条に基づいて極東軍事裁判所条例第五条 a項、b項、c項により定義されて判決を出したという。a項では死刑判決が該当しないらしい。長い軍人生活の間には、諸将もB,C級の罪を犯したのかな?
経緯も知らずに、東條、武藤、板垣、土肥原、木村の諸将軍は悪い軍人・・。恥ずかしながら今までこの程度の知識しか持っていなかった。
松井石根大将は、もともとA級戦犯被告ではない。ここに添付コピーの通りである。
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かなり以前に、堀江先生から「熱海の観音像」の話を伺ったことがあった。
「何故、熱海の山の中に観音像を・・・?」と、当初は思った程度で関心がなかった。
支那事変で高名な松井将軍の名は朧げに知っていたが、最近その経歴をインターネットで調べて、興味が湧いてきたのである。

明治11年(1878年)7月27日、愛知県名古屋市牧野村で出生。陸軍幼年学校~陸軍士官学校(9期次席)卒、明治34年陸軍大学校入学。在学中に日露戦争に従軍。明治39年陸大(18期首席)卒業、参謀本部配属・フランスへ派遣。明治40年帰国、自ら志願したので清国へ派遣。明治42年清国滞在中に少佐へ昇進。孫文と深く親交。 日本へ留学した蒋介石とも親交があった。    ~~~~~~
昭和8年(1933年)3月1日設立発起人となって「大東亜協会」を設立した。後に会長に就任。
”欧米列強に支配されるアジア”から脱し、”アジア人のためのアジア”を実現する。「日支の提携が第一条件である」とする「大亜細亜主義」の本格的な船出であった。
昭和9年8月、現役を退き予備役となった。
昭和11年2月3日、「西南の旅」へ出て広東、広西、で指導者らと会談し、3月14日南京でも蒋介石ら主要人物と会談した。

昭和12年7月7日支那事変勃発、8月20日松井大将は予備役から復帰・上海派遣軍司令官(2個師団・2万名)となり、在留邦人保護のため派遣されて8月23日に上海上陸、難渋を極めた。
11月5日には第10軍が杭州湾上陸作戦。11月12日上海陥落。日本軍の死者1万人近くに及んだ。

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南京入城及び閲兵する松井司令官
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参謀本部は不拡大方針であったが、戦闘は継続され戦域が内陸部に拡大していった。その結果、上級司令部として昭和12年11月7日、中支那方面軍創設編成を開始し、司令官に松井石根大将が就任した。
上海派遣軍と第10軍が隷下部隊となった。
11月19日、第10軍は独断で南京攻略を開始した。松井司令官の静止が間に合わず、第10軍の暴走を追認するところとなり、参謀本部は11月28日、ついに南京攻略命令を発した。
12月10日総攻撃、13日南京陥落。17日松井司令官が南京入城。
昭和13年1月16日、近衛首相の”近衛声明”「蒋介石を対手とせず」宣言。すべては終わった。
松井大将は軍中央から”支那寄りと見られ、考え方の相違から更迭されて、2月21日に上海を離れ帰国し、予備役となったのである。
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帰国した松井大将は、伊豆山の麓の海岸の高台にあった大きな旅館に滞在した。
滞在中に、今回の日支両兵士の犠牲は、アジアの殆どの欧米諸国植民地が、いずれ独立するための犠牲であると位置づけ、その供養について考えていた。滞在先の宿の主人に相談し、昭和15年(1940年)2月、支那事変における双方の犠牲者を弔うため、伊豆山に興亜観音を建立し、自らは麓に庵を建ててそこに住み込み、毎朝、観音経をあげていたそうだ。
大きな旅館跡地には、今や”東急ハーヴェスト・クラブの豪華なホテルが立っている。
太平洋戦期から終戦までは、軍籍を離れた松井大将は「大東亜協会」会頭として、アジア主義運動を展開し、国内各所での講演活動を行っていた。
対米英開戦後の1月、松井大将は「思想国防協会」会長となり、日米開戦の意義や東南アジア占領地における興亜思想の普及について述べていた。
昭和17年6月、大東亜協会・会頭として、国外視察に出かけ上海~南京~台湾~広東~海南島~仏印~タイ~ビルマ~マレーシア、スマトラ島~ジャワ島~セレベス島~フィリッピンを訪れ、大東亜共栄圏確立の重要性を説いたのである。汪兆銘、バーモウ、チャンドラ・ボースと、それぞれの地で会談していた。
帰国後から敗戦までの間、仏門に励み、朝昼の二回、近くの観音堂に参拝するのが日課だったそうだ。
昭和20年8月15日、終戦の玉音放送は熱海の自宅で聞いた。
10月19日松井元大将は戦犯指定を受けた。しかし、診断書を提出し巣鴨へ出頭収監は、翌年3月5日まで延期されていた。
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興亜観音参拝
10月24日は朝から晴れ上がり、いい天気だった。熱海駅へ着いたのは正午ごろ、バスは湯河原駅行き興亜観音前下車と伊豆山身代不動尊前引き返し、の2路線が運行されている。しかしどちらも1時間に1本程度。興亜観音へ行くのは、バス便は不便だった。急坂の入り口から上がり始めた。気分的には目的地まで30分ぐらいかかったようだ。山門(?)らしきところまでは、舗装されているから歩きやすい。しかし、坂道だから疲れる。高齢の吉田茂元首相が、駕篭に乗って参拝したと後刻聞かされたが、むべなるかなと思った。前日に電話して置いたので、観音像近くの休憩所で、小柄な高齢の剃髪した女性が待っていてくれた。「住職の伊丹妙浄です。昨日お電話くださった佐藤さんですか?」と、先方から声をかけてきた。そして丁寧な言葉遣いで、観音像の素材は中国の戦地から取り寄せた土で造られた事から始まって、歴史上の経緯、作成者や関わった人たちの名前、特に隣に立つ「英霊七士の碑」に纏わる話は、スリルに満ちた出来事であったことなど、詳しく長々と説明が続いたのである。
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← ご住職さんが小生の来訪を待っていた休憩所


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観音像建立の由来は松井大将ご自身の筆になる「建立縁起」に記されている。

支那事変は友隣相撃ちて莫大の生命を喪滅す 実に千歳の悲惨事なり 然りといえども是所謂東亜民族救済の聖戦なり ( )うに此の犠牲たるや身を殺して大慈を布く無畏の勇慈悲の行真に興亜の礎たらんとする意に出でたるものなり
予大命を拝して江南の野に転戦して亡う所の生霊算なし まことに痛惜の至りに堪えす ここにこれ等の霊を弔う為に彼我の戦血に染みたる江南地方各戦場の土を採り施無畏者慈眼視衆生の観音菩薩の像を建立し此の功徳を以て永く怨親平等に回向し諸人と倶に彼の観音力を念じ東亜の大光明を仰かんことを祈る

   紀元二千六百年二月   願主 陸軍大将 松 井 石 根

註 ( )の部分の漢字 ??

霊座観音の高さは一丈(3.3m)合掌印

昭和15年ご開眼以来45年間執事を務められた伊丹忍礼師は、請われて新潟県三条市から移転して来られたが60年に病没されて、ご夫人の伊丹妙真師が続いて法灯を守られた。平成二年十一月以後長女妙徳師が継承し、現在は妹の妙浄師さんが継承している。 e0035868_14595601.jpg


敷地内の英霊「七士の碑」は、東京裁判の判決により昭和23年12月23日に処刑された七名の方の、ご遺骨灰を密かに碑の下に納められているのである。その後、分骨して愛知県三ヶ根山頂の慰霊塔にも納めた。
昭和46年12月に、過激派学生の犯行により爆破され修復した傷跡が残っている。
碑は吉田茂元首相の揮毫である。
七名以外の海外等も含めて、戦犯刑死された1,068柱の慰霊塔も、隣接して立てられている。
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東條英樹 陸軍大将
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本堂内にも観音像 高さ二尺(60.6cm)が安置されている。
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観音像の向かって右側に「支那事変 日本戦没者零位」、左側に「支那事変中華戦没者零位」と記載された位牌が対等に祀られている
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本堂の中の展示物は、書、絵画はすべて松井大将に関わるものである。本堂を出る際にご住職に声をかけて、賽銭箱に札一枚だけを投入した。
一巡して最後に本堂脇の休憩所に寄った。記載するノートが置いてあったので、署名して捲ってみたら10月だけでも、10余名の署名が載っていた。住所を見ると地元の人たちではない。遠方の人の記載も目についた。
https://www.youtube.com/embed/YTu-UZkvXCM

# by yysatoh | 2017-11-08 19:27 | 旅(戦) | Comments(0)
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超大型台風21号が10月23日早朝、関東地方を襲うという予報だった。
「風速50m/秒、降雨250mm/h、」「暴風、大雨、高潮、がけ崩れ、河川の増水・氾濫に備えてください」。テレビは引っ切り無しにテロップを流していた。
わが町の自治会は、わざわざ回覧を回し「避難準備をしてください」と呼びかけた。台風は夜半に通過した。熟睡していたので気づかなかったが、夜明けて見たら、千の川は1mの増水程度だった。庭の柿の木の葉が、強い風に叩かれたらしく、だいぶ傷んでいた。

わがASFの仲間たちは過去に、グループで幾度も台湾を訪れているのだが、埔里鎮へ行った際にお世話になった梁国良・徐瑞美ご夫妻が、23日昼前に来訪することになっていた。前日の天気予報では、空港が使用不能となり「欠航か?」、と心配されたのであったが、台風は幸い韋駄天の速さで通過して行った。
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ご夫妻は当日に台湾から来訪された。
夜、予定通りわが仲間8人ほどが、横浜で歓迎の食事会を開いたそうだ。しかし、小生は面識がなかったので、参加しなかった。
翌日、熱海の ”とよさか” へ泊るので、そちらへは参加したのである。
この日は台風一過の好天気となった。
自分の事前の計画通りに、昼に熱海駅へ到着し、伊豆山の”興亜観音”を初めて参拝した。この経緯は後日に記すが、参拝後の16時少し前に来宮駅へ到着、藤沢から電車で直行して来た一名と落ち合って、16:15 ”とよさか” からの迎えの車に乗った。
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ここへは過去3,4回ほど宿泊した記憶がある。
雰囲気は閑静、朝晩の料理は申し分なし。帰る時にいつも「又、来よう」という気分になるのである。
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今回の行事段取りすべて、宮崎さんが一人で成し遂げた。ご奔走に感謝、感謝である。

ご夫妻は現役当時は教職。ご主人は英語、奥さんは体育? とか申しておったが、日本語の読み書き話すも可能だった。奥さんの日本語は、日常日本語には不自由なしと見受けた。
朝、横浜から小田原へ出て下車、宮崎さんの車へ他の仲間と同乗して小田原城、熱海市内等を見物したそうだ。
翌日には熱海から新幹線に乗り、大阪へ出てその後は四国の方の観光に出る、という事であった。

わが仲間6名のうち4名は、前夜に出席していたので、ここでの初対面は小生と藤沢から電車でやって来た人の2名だけだった。
まったく気にかけていなかった。手ぶらで行った。ご夫妻はカラスミと菓子を袋に入れて手土産を持参したのである。
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18時から19時半まで食堂で団欒、その後はカラオケ室へ移動。
横浜からやって来たという高齢の婦人2名が先客だった。一緒になって皆さんは大いに歌った。
台湾のご夫妻には、日本演歌・古い歌のレパートリが多かった。ご主人の歌唱力は日本人以上の出来栄えだった。
一曲も歌わなかったのは発達障害・音痴の小生一人のみ。いつもの通りだ。
数年前から毎週一回続けて、柴さんから北京語の練習を受けているという二人が、台湾の歌を歌った。ご夫妻は大喜びで「上手、お上手」と声を上げ、二人そろって親指を突き出していた。
解散して部屋へ戻った時には22時半を回っていた。
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翌朝09:15玄関前発の路線バスに一人で乗り、茅ヶ崎へ帰る予定でロビーで待っていた。
突然、全員集合の写真を撮ることになった。並んで撮影。気が付いたら、バスは発車を待っていてくれた。慌てて飛び乗った。
台湾お土産の袋を、玄関に忘れてきたのを気付いたのは、熱海駅へ着いた時だ。
藤沢へ帰る乗用車がそれを持って、追ってきてくれたのは30分後。
とんでもないしくじりのオチが付いてしまった。




# by yysatoh | 2017-10-28 17:10 | 旅(国内) | Comments(0)